2004,7
ナクル→アンボセリ→マサイマラ
百聞は一見にしかず

カミさんにケニアのすばらしさを伝えようとしたのですが、こっちが興奮するばかりでらちがあかない。いっそ行ったほうが早い! というわけで、今度は夫婦でケニアへ向かうことになりました。
カミさんは「ウィンドブレーカーやフリースなんて大げさな」と鼻で嗤う。セスナに乗る関係上、荷物は少ないにこしたことはないのですが、上着は絶対に必要だと言っても、なかなか信じてくれません。赤道直下の国。乾燥したサバンナ――先入観というのはやっかいなものです。
同行者は横浜在住のSさん。30代の男性です。じつは成田からバンコクまで隣に座っていた方でした。ずいぶん親切な方だったのでこちらも憶えていたのです。思わぬところで再会(?)となりました。
ガイドはキャロラインさん。ふくよかで陽気なケニア人女性です。日本に留学経験もあるそうで、知的な雰囲気がただよいます。髪型や服もおしゃれな人です。
膨大なスラム。道路を横切る牛の群れ。その世話をする7、8歳の男の子。無造作に植えられたバナナやトウモロコシ。兵士を乗せたトラック。いくつもの検問と黒光りする銃。道ばたを歩いているヒヒやシマウマ――2度と見ることはないと思っていた風景が、欠けた記憶のすき間にしみこんでいきます。
カミさん興奮
ナクルへ行く前に、ナイバシャ湖に立ち寄って軽くボート・サファリ。
思いのほか肌寒く、さっそくウィンドブレーカーをはおりました。あちこちにカバが顔を出しており、ボートが近づくと鼻を鳴らして威嚇してきます。湖に浮かんだ島にはキリン、インパラ、トムソンガゼル、シマウマも見えました。いきなりの大盤振る舞いに、カミさんは大喜びでした。
レイク・ナクル・ロッジに着いた僕たちは、最近できたばかりという部屋に案内されました。前年に泊まった部屋とは大違いで、広いテラスまでついています。
ナクル湖畔で車から降りてみると、かすかに硫黄のにおい。塩の結晶。鼻をつくフラミンゴの死骸と、それをついばむハゲコウ。カミさんは、ハゲコウとキョロちゃんが似ていると言い張ります。
この日、サイの親子についでヒョウがあらわれました。双眼鏡でようやくわかる程度でしたが、野生のヒョウを見るのは初めてです。幸運の持ち主は僕か、カミさんか、Sさんか、キャロラインさんか。夕食時にしばし議論となりました。
翌朝、ロスチャイルドキリンの美脚に見ほれながらナクルを出発。
アンボセリへ向かう途中、ナマンガのお土産屋さんにて、Sさんは持っていたボールペンとブレスレットを交換。カミさんは、使わなくなった腕時計を元手に粘り強く交渉し、めでたくロウ染めのタペストリーをGET。
国境の手前を左に折れると、大地は赤土から白土にかわります。昨年はひどいでこぼこ道だったのに、すっかり平らにならされていました。おかげで移動時間が1時間ぐらい短縮されたそうです。
ふたたびキリマンジャロのふもとへ
正面にキリマンジャロの頂が見えているのですが、Sさんもカミさんもなかなか気づきません。5000m級の山を見たことがない僕らには、ぽっかり浮いた雲と区別がつかないのです。
ときどき茂みの向こうにマサイの集落があります。彼らの赤いケープは、どんなに遠くてもくっきり目立つから不思議です。すれちがう子どもたちが、はにかみながら手を振ってくれました。
アンボセリに到着した僕たちは、さっそくハイエナの家族を見つけました。
あまりいいイメージがないハイエナですが、こうしてみると案外かわいいものです。母親のおだやかな表情が印象的でした。
今夜の宿泊はセレナ・ロッジ。眺望はさほどでもありませんが、ここにはバスタブがあります。
翌朝のサファリドライブでは、ようやくゾウと対面。これから先、いやというほどゾウを見ることになるのですが、やっぱり最初は特別な感慨があります。
サファリから戻ると、朝食前のシャンパン・サービス。グラスを持つ手がかじかんで震えます。しかし、その寒さがうそのように、昼間はぐんぐん気温が上がります。
巨大な逃げ水。ふいにたちのぼる竜巻。砂ぼこりをあげて走るサファリカー。
オブザーベーション・ヒルという小高い場所があります。ここは、車からおりて、自分の足で登っていくことができるのです。てっぺんからは、ぐるりと地平線。湿地帯にゾウの群れが集まっているのが見えます。記念に小石をひとつ拾いました。
ゆかいな戦士たち
マサイ村を訪ねました。
アカシアのバリケードで囲まれた小さな集落。足もとは牛のフンだらけですが、気にしていたら歩けません。
案内してくれたのはトムさん。ちゃんとしたマサイ・ネームもありますが、憶えられそうになかったので、トムさんです。
歓迎の歌とダンス。
TVで見たとおり、高く高く跳ぶ男たち。
男たちは跳びながら片手で大事なところをつかんでいる――らしい。そう聞かされると、なんだか握手をためらってしまいます。
ひととおり見学がすんだころ、女性たちが土産物を並べだしました。さっきまで木訥な村人だったのに、突然饒舌な物売りに変身です。どこへ行っても物売りにせまられるので、そろそろうんざりしはじめていたのですが、キャロラインさんやトムさんの顔をたてる必要もあります。ここは大人になってつきあいました。
出発の朝は快晴。
キリマンジャロの雪は年々少なくなっているのだそうです。この次訪れるときまで、ちゃんと趣が残っていることを祈りつつ、ナイロビへ戻りました。
午後、ウィルソン空港からセスナでマサイマラへ向かいます。
キャロラインさんともここでお別れです。我々が憶えているのと同じように、彼女も我々のことを憶えていてくれるでしょうか。期待と寂しさがごっちゃのまま、セスナは舞い上がりました。
バブーン・バーで乾杯

「KICHWA TEMBO」で迎えてくれたのは、市原さんという若い女性。
ムパタ・サファリクラブ常駐の日本人スタッフとして活躍しておられます。涼やかな美人で、昔FMでよく聞いた青木小夜子さんみたいにすてきな声の持ち主です。
ドライバーはシャドラックさん。人なつこそうな丸い顔。話し好きな人です。滞在中は、原則同じドライバーさんの車に乗ることになります。
前年にお世話になった加藤さんは、残念ながらすでにムパタを辞めておられました。風の噂では、中南米あたりで元気に探検をなさっているとのこと。またいつかお会いしたいものです。
今日は、とりあえず体を休めることにしました。夕方のいい時間だったので、バブーンバーで景色をながめながらビール。
バーテンダーのフィリップさんが「あそこにゾウがいるのがわかるかい?」と遠くを指さしました。なるほど、よく見るとそれらしい鼻がぶらぶらしています。彼らの視力にはいつも驚かされます。
マサイマラのサファリ
ゲートまで30分ぐらいかかるので、朝のサファリドライブはまだ暗いうちに出発します。外気温は低く、車の中は暖房が入っています。
ライトに照らされてウサギの目が光ります。シマウマが道を横切って、すかさずシャドラックさんが言う――「シマウマ、カワイイ」。
オロロロ・ゲートにたどり着くころ、夜明けとなります。バルーンもいくつか上がりはじめ、マサイマラの風景がゆっくり立ち上がります。
余談ながら、オロロロのつづり(OLOOLOLO)を見るたび、僕は2進法をイメージしてしまいます。
体が冷えているのは動物たちも同じです。古いアリ塚の上で、トピやチーターがひなたぼっこをしていました。
車は、群れをかきわけ、ときに群れに追いこされます。
右側に座っていると、左側の景色が気になる。逆もまたしかり。誰かが「あっ、あれ……」と声をあげると、全員がそっちを向く。先に大物を見つけてやろうと、みんなやっきになりますが、束になってかかっても、毎日走り回っているドライバーさんにはかないません。
半日サファリでピクニック
最初に出会ったとき、その兄弟ライオンは仲良くつるんで歩いていました。
次に会ったときは、片方がメスを連れていました。もう片方は、微妙な距離をたもちながらついていきました。
その次見かけたとき、兄弟は互いに牙をむきました。
からみあったのは10秒ほどでしょうか。勝負はあっというまにつき、そのまま兄弟は袂を分かちました。
サファリは基本的に朝夕の二回ですが、ドライバーさんや同乗者の都合がつけば、午前中いっぱい出かけることも可能です。その場合、夕方のサファリはなしになります。
通常だと、食事時間にあわせて帰らなくてはならないので、どうしても行動範囲が制限されてしまいますが、半日サファリはお弁当持ちですから、国境まで足をのばしたり、ヌーの渡河をじっくり待つこともできるのです。
マラ川のほとりで、カバをながめながらの食事もいいものです。
十数頭の小さなヌーの群れが川を渡りました。するするとワニがしのびよって、そのうちの1頭をくわえます。ヌーはわずかにもがいて水中に消えました。
初めてハンティングを見た!
木陰の茂みでライオンの家族が休んでいました。そこへ不運にもシマウマの母子が通りかかったのです。
狩りをする予定じゃなかったけれど、せっかくの獲物だから反射的に追っかけた――そんな感じに見えました。
ライオンはまっすぐ子どものシマウマを狙いました。お尻をひとなででした。数メートル先で起きたハンティングに、誰も言葉が出ません。ライオンはおっかない。生まれて初めてそう思いました。
少し離れた場所では、母シマウマが、運ばれていく我が子をじっと見送っていました。
なつかしき悪路
サバンナから帰ってきたんだな、と実感するのは、ナイロビに戻って車で走り出したときではないかと思います。
首都といえども、舗装の状態はけっしていいものではありません。ケニアに着いたばかりだと、でこぼこがけっこう気になります。
それがまったく気にならない――というより、スムーズすぎて落ち着かないぐらいです。
たえず突き上げられ、舌をかみそうになったり頭をぶつけたりしながら必死に体をささえた、サバンナの悪路がなつかしい。
けれど、ここから先はもう、お尻の下はやわらかくなる一方なのです。
(了)

前のページ へ